こづゆ


>> 小づゆ

 祝いの席、お盆、お彼岸などに必ず作られる行事食で、小づゆ椀という平たい塗りの器に盛られる。
 汁物なのに、古文書では「重のもの」と書かれており、かつては小さな重箱に入れるような汁気の少ない煮物だったのではないかといわれている。やがて大平(おおびら)という大きな器から取り分けられるようになり、大平の形を継承した現在の小づゆ椀で供されるようになった。
 帆立の貝柱を出汁に、10種から12種類の具を小さく刻んで最後に青物を添える。
 上品で深い味わいの小づゆは、常の食事にはない豊かな匂いを溢れさせて、特別の日の特別な空気を創り出す不思議な料理だ。

 

ぜんまいの煮物


>> ぜんまいの煮物

 冠婚葬祭いずれの場合も、ぜんまいの煮物は必需品である。
山と関わって暮らしてきた奥会津の人々は、神々をもてなし、祖先をもてなし、大事な人をもてなす基本にぜんまいがある。
残雪深い春の山から、一年分のぜんまいを頂いてくる。ぜんまい採りに山に入る日を決めてある集落もあって、いかに大切な食材であるかが分かる。
 ぜんまい採りは危険も伴う。雪崩に巻き込まれたり、急な崖から足を滑らせて命を落とすこともめずらしくはない。それでも、 大切にもてなす証としてぜんまいを貯える。
綿を取って大鍋で茹で、粗熱が取れたらの筵(むしろ)上でひたすら揉む。朝から晩まで揉むと繊維がやわらかくなっておいしくなる。
ぜんまい揉み 晴れた春の日には、奥会津のいたるところでぜんまいを揉む風景に出会うが、乾燥に最低三日はかかるので、この時期、奥会津の人々は天気模様に一喜一憂。お天道様に祈りながら、カチカチに真っ黒く乾燥する日を待つのである。

 

どぶろく


>> どぶろく

 酒税法で禁止されているため、どこで作ったかは記せないが、雪の国の人々は閉じ込められた深い雪の中で、ふつふつと発酵した米が濁った酒に変化(へんげ)する日をひそかに待つ。
 そして禁断の封印を解く日、舌先をビリッと撫でる心地よい刺激を夢見ながら、出来の善し悪しを確かめるときめきに我を忘れる。味は日々刻々と変わる。生きた菌の力強さに引きずられながら、その時々を存分に堪能するのだ。
 ひそやかに濁る幻の名酒に出会うには、心優しい村人と懇意になるより手はない。
 邪気も損得もない、人々の熱い真情に触れるだろう。
雪の白を写し取ったどぶろくは、村人の心根の温かさを象徴している。

 

寒けぇ餅


>> 寒けぇ餅

 小寒の日にこれを食べると風をひかないといわれている。
けぇ餅とは、掻き餅とも粥餅ともいわれて、かつては代用食だったが、つるりとした喉越しと共に蕎麦の香りが広がり、優しくて温かいものにふんわりと包まれたような懐かしさがある。
 薬味と蕎麦滴れで食すのもいいが、じゅうねん味噌をのせて口に入れると、雲をちぎって食べているような不思議なときめきに驚く。

 ある日村人が、隣村まで用を足しに出掛けた。晴れた朝で、この分なら昼までには着くと思われたのに、峠を越えたあたりで周り一面墨をべったり塗ったような闇夜になった。
 どうしたことかとうろたえているうち、向いの原っぱがぼんやり光りだした。そっと近づいてみると、なんと森中の動物たちが集まって誰かを待っているようだ。
「宮内(くない)様んとこの猫様は、まだきゃんねぇなぁ。どうしゃったんだべ。」
 熊、タヌキ、キツネにキジ、イタチもリスも伸び上がって心配していたところへ、息を切らして宮内様んとこの猫が現れた。
「遅くなっちまって申し訳ねぇ。今日の晩飯はけぇ餅でョ、熱くって熱くってやっと食ってきた。」
「そうか、けぇ餅では熱くて時間もかかるわナァ。間に合ってよかった。ホレ、みんな踊るべ」
 〜ドンドコドン、ドンドコドン、チトシャン、ピッピ〜
 次第に強くなる光の中で、動物たちは楽しそうに踊り続けた。
村人のその後は、また後日。

 

山椒ゆべし


>> 山椒ゆべし

 金山町で祝言の膳に必ずつけられた祝いの菓子。
 白いかまぼこと併せて紅白を表現し、蓋松をかたどって祝う気持ちを込めた。
 独特の形はそのまま引き継がれており、現在も正月には必ず用意して年始客をもてなす。
 挽きたての山椒の粉を使うのが大事で、実がはじけた皮だけを乾燥させて保存しておく。12月になって農作業から開放された一家の主婦は、正月用の食の一つに山椒ゆべしを作るところが多い。
 もち米とうるち米を混ぜた蒸し菓子で、寒い冬に山椒を食べてからだを暖め、風を引かないようにと願いを込める。辛い山椒も、甘みのある菓子に入れると子供も喜んで食べる。
 薄く切って炭であぶると、かすかにふくらんで焦げ目がつく。
 あつあつをほおばると、とした山椒の香気が広がる。
いろりで焼く山椒ゆべしは、金山町の冬の風物詩だ。

 

干し柿


>>干し柿

 金山町の各家々では、たくさんの干し柿を作ってお歳暮に贈り、必ず正月に食べる習わしがあった。
 萩の枝に10個ずつ通して一連とし、10連つないで葦簀(よしず)のように編む。干し柿の多少は経済力を表してもいた。
 その名残か、祝いの膳には干し柿の天婦羅をつけることが多い。

 

つと納豆


>>つと納豆

 暮れも押しつまった頃、藁づとを作って大豆を仕込み、炬燵に寝かせて発酵させる。
 納豆を寝せる時に、昔は歌を歌って聞かせていた。
隣町(柳津町)にはこんな問答歌が伝えられている。

〜納豆、納豆どこさ行ぐ。糸引き沢さ糸引きに行ぐ。〜

 大晦日の晩に神棚に捧げる習わしは、今も続けられている。正月には必ず節納豆を食べて、身体堅固を願う。
 神棚に上げる藁づとは、中ほどを編んで丁寧に作ることになっている。

 写真は神棚用のつと納豆

 

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